2013年12月31日(火) |
大掃除 |
本や書類、様々な機器など、多くの物でいっぱいの自分の部屋(スペース)。
今まで、なかなか掃除する時間と勇気がなかった。
今回の大掃除では、しっかり時間を取り、思い切って多くの物を捨てることができた。
そこにある物のほとんどは、今の自分の仕事では必要のない物。
どんどん捨てることができた。
空いたスペースができてくると、うれしい。
スペースが空くと、新しい物を置くことができるから。
捨てた分だけ、新しい物を取り入れることができる。
新しい本、新しい資料、新しい道具・・・。
来年は、新しいことにどんどん挑戦していく。
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2013年12月30日(月) |
感銘を受けた言葉 |
今日の山陽新聞にアルピニストの野口健氏の特集があり、彼の言葉に感銘を受けたので一部を紹介する。
『晩年に自分の人生の51%は成功したと思えば人生の成功。49%は失敗でもいい。』
『よく学生から質問されるのは「どうすれば効率的に成功できるか」。経験から言うと、一気に駆け上がってつかんだものは、壊れるのも一瞬だ。エベレストも山頂にいる映像だけ見ると派手だが、やっているのは登り下りの繰り返しや細かい準備ばかり。コツコツ地味なことを積み重ねながら、挑戦を続けていくことが大事だと思う。』
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2013年12月29日(日) |
自分の卓球は |
今日は久しぶりに自分が卓球の練習。
ラケットを握るのは、
2月の県教職員大会以来だと思っていたが、
今年の教職員には出場してなかったので、
1年半から2年ぶりの卓球だった。
なかなか、体が思うように動かない。
試合をしても球のスピードについていけない。
・・・
そんな中、へら釣り名人(自称)との試合には勝つことができた。
「へら釣り名人(自称)さん、ありがとう。」
彼が自信をつけさせてくれた。
来年は、
自分の練習も頑張ってみようかと思っている。
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2013年12月28日(土) |
到達するまでの過程 |
「険しい山を登り、山頂にたどり着いたとき、そこから見る景色は本当にすばらしい。
あなたにも、そんな経験があるだろう。
もし、その山頂にヘリコプターで運んでもらい、同じ景色を見たとしたら、同じ感動が得られるだろうか。
景色はまったく変わらないはずなのに、心に刺さる感動はまるで違うもののはずだ。
つまり、あなたを感動させているのは、美し景色ではない。
そこにたどり着く過程が、あなたの心を動かすのだ。」
(『「本気で生きる」以外に人生を楽しくする方法があるなら教えてくれ』武藤貴宏著より)
中学校の部活動で目指すものはまさにそれ。
’勝つこと’’1位になること’ではない。
その結果に到達するまでの過程に意味があるのだ。
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2013年12月27日(金) |
ひと冬越えると |
強くなるチームは、
ひと冬越えると、
大きく成長する。
目標を持ち高い意識で頑張るチームと、
何となく過ごしていくチームとの差が、
春には大きな結果の差となる。
チーム力を引き上げるためには、
冬が大事。
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2013年12月26日(木) |
アドバイス |
負けているとき、うまくいっていないとき、
どんなアドバイスをするのがよいだろうか?
うまくいってないときは、選手自身が、
何が原因でうまくいってないのかわかっていないことが多い。
そこで、
@選手自身が現状を把握でき
A選手自身から答えが引き出されるような
そんな言葉かけがいいと思う。
例えば、
現状を伝えるために、オウム返しをしながら、うまくいかなかったゲームの内容を聞いてみる。
「ふーん、○○したら、○○されてしまったんだ。それで?」
オウム返しをしていくと、選手は自分のゲームを少し客観的に見ることができるようになる。
最後に、「それで、どうしたらいいと思う?」と聞いてみる。
答えが出てこないときは、相手の立場になって考えさせてみる。
「○○されているけど、相手はどんなことを考えているだろうか?自分が相手の立場だったら、どんなことをされたら嫌かな?」
これは、
卓球のことがわかってなくてもできるアドバイス。
普段からやっていくと、選手の考える力が育つ。
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2013年12月25日(水) |
努力の程度 |
「成功体験」が人を成長させると考えている。
しかし、本当の「成功体験」をするためには、その前に「失敗体験」をすることも必要。
それを体感したのは、自分が大学院の入試を受けたとき。
それまで、受験に失敗したことがなかった自分だったが、人生で初めての失敗をすることになった。大学院の入試で不合格だったのだ。
めちゃくちゃ落ち込んだ。
なぜなんだ、なぜなんだ、なぜなんだ・・・とまわりのせいにした。
でも、自分はわかっていた・・・入試を甘く見て十分に勉強していなかったことを。
失敗を経験した自分は、もう絶対に失敗するのは嫌だと思い、絶対に失敗しないように、死ぬほど勉強することにした。
1日20時間勉強した。
そして、
2次募集の試験で何とか合格することができた。
成功するためには、「だいたい」「これくらい」程度の努力では駄目だということを知った。
「とことん」「徹底的に」努力しておかなければ、失敗してしまう可能性があるのだ。
今日は、全国選抜県予選。
負けてしまったチームもあると思うが、どうだろうか?
「だいたい」「これくらい」でやってきていないか?
次に絶対に勝ちたいのであれば、「とことん」「徹底的に」やっていってほしい。
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2013年12月24日(火) |
クリスマスイヴ |
仕事を終え、
いつものように自転車をこいで家へと帰る。
今日はクリスマスイヴ。
いつもの道を帰っていると、
いつものように塾で勉強している子どもたち。
「こんなときまで勉強しなくても」と思う人もいるかもしれないが・・・、そういうときにする勉強はとても重要だと思う。
他のことを犠牲にしてまでも頑張るという、その覚悟が成功に近づけてくれるのだ。
スポーツも同じだ。
強くなるためには、覚悟が必要。
そして、多くの犠牲も必要。
勝負の世界は厳しいなあ・・・。
そんなことを考えながら、自転車を走らせた。
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2013年12月23日(月) |
仲間 |
マジシャン男が帰ってくる。
楽しみだ。
もしかして、まこと先生も・・・。
裏面ドライブ男さん、
選抜予選終わったら、原稿よろしく。
みなさん、待っていますよ!
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2013年12月22日(日) |
どちらも大事だが |
「国際ボランティアに関心がある子どもが増えたが、教室のゴミを拾う子どもはいるか?」
「ユニセフ募金に協力する子どもがたくさんいるが、クラスの中で助け合うことができているか?」
「世界平和に関心をもっている子どもが増えたが、クラスの中は平和であるか?」
こんなことを、尊敬する先輩が言っていた。
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2013年12月21日(土) |
かける言葉を変えてみる |
例えば、ツッツキに対する三球目ドライブ攻撃をストライクにして打ってほしいとき、次のような言葉をかけていた。
「おへそでボールを見るように」
「ボールの横に入るように」
「右足を飛んできたボールに対して壁になるように」
「飛んできたボールの頂点をとらえるように」
「今の打球点よりも5cm前で打ってみよう」
「相手のフォア側にもバック側にも打つことのできる体勢で打つように」
「右足の位置(後ろ)と左足の位置(前)の間に打球点がくるように」
「一番力が入る位置で打球するように」
・・・
いろいろと言葉を変えてアドバイスしてみて、その選手に一番合う言葉をさがしていた。
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2013年12月20日(金) |
アドバイスの言葉 |
言葉って難しい。
アドバイスのとき、こちらが伝えようと思っていることと、選手が聞いて理解することのニュアンスが異なっていることはよくあること。
監督が伝えたいと思っていることがうまく伝わらない。
試合のとき、伝えたいことがうまく伝わるように、自分が工夫していたことがある。
選手によって、受け取る言葉のニュアンスが違ってくるので、選手ごとに言葉を使い分けるようにしていた。
練習試合のとき、同じ内容のアドバイスについて、試合の度に言葉を変えて、5種類くらいの違う言葉で伝えてみる。
その中で、一番効果があった言葉をノートに書いておき、試合のときはその選手にはその言葉を使うようにしていた。
本番のときは、できるだけ短い言葉で、その選手にとって効果のある言葉を使うようにしていた。
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2013年12月19日(木) |
感覚と理論 |
「できる人」は感覚でできてしまう。
感覚でできるので感覚で教える。
「一般人」は感覚ではできない。
だから、どうやったらできるようになるかを一生懸命考え、理論で教えようとする。
自分は「一般人」。
できないことをプラスととらえ、
理論を考え指導してきた。
・・・指導っておもしろいなあ。
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2013年12月18日(水) |
教え子 |
先日、昔の教え子が家に遊びに来てくれた。
自分が初担任し、3年生まで持ち上がった子たち。
女の子(女性?)たちが5人とその子ども1人。
あの頃は、めちゃくちゃ元気があり、熱かった。
行事の度に、隣の担任と対抗意識丸出しで勝負していた。
子ども達ととても近い位置にいた。
「あの頃楽しかった」と言ってくれ、今回のように会いに来てくれるのは、本当に幸せなこと。
教師っていいなあと思う瞬間である。
教師っていいなあ・・・・・・。
<パティシエになった教え子の作品>
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2013年12月17日(火) |
青森山田中との対戦 |
<昔話73>
優秀13校の表彰を受け、その後抽選。
決勝トーナメント1回戦の相手が決まった。
「青森山田中」
幸運なことにトップの学校との対戦。
なかなか、体験できない。
相手ベンチには、吉田監督。
うちのエースが勝ったものだから、
途中からとても険しい顔になってきた。
ダブルスは1ゲーム取り、
4番松平健太との試合も、勝負になっていた。
普通なら、松平のしゃがみ込みサーブにレシーブミスを連発するのだが、うちの2番手はほとんど返してラリーになっていた。
青森山田中の子も同じ中学生なんだと感じた。
・・・一方、今の生活で、
ここに勝つのは’無理’だと感じた。
1−3で負けたが、幸せな体験だった。
青森山田中は、その後全て3−0で優勝した。
自分の中学校に唯一1本落としただけだった。
全国13位。上が見えてきた。
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2013年12月16日(月) |
団体での初全中 |
<昔話72>
前年度の全中では、
中国ブロック代表の3チームが決勝トーナメントに進んでいた。
全中の団体戦は3チームの予選リーグを行う。
一番上には、前年度決勝トーナメントに進んだブロックの代表が入る。
自分の中学校は、中国大会3位だったので、Fブロックの一番上に入った。一番下は北海道代表。そして、二番目には、何と近畿代表の大阪・熊取中が入っていた。練習試合でやったことがある相手。
練習試合では、自分のチームの2番手不在で勝っていた。
ラッキーだった。
大接戦になったが、3−2で何とか勝つことができた。
初全中で、予選リーグ突破。
中国ブロックから出ていた他の中学校は、予選リーグで敗退した。自分のチームだけが決勝トーナメントに進むことができたのだ。
勝ち上がるためには、中途半端な力では駄目。とび抜けた力、もしくは、運が必要だということがわかった。(自分のチームは運が良かった。)
予選リーグを突破したチームは表彰される。
全国大会で2枚目の賞状をもらうことができた。
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2013年12月15日(日) |
想定外の勝利 |
<昔話71>
自分は「やばい」と思った。
次はダブルスが負けるもかもしれない。
向こうは、1回負けているので思い切ってくるだろう。
しかも、島根県は他中の生徒も一緒になっての大応援団。
前半1−1でダブルスへ。
予想したとおり、思い切って打てない、ミスが連発する。勝ったら全中というプレッシャーの中、ダブルスが負けてしまった。
もうこれで、勝ち目はない。
相手はエースが4番にきていた。・・・ラストはこちらが勝つのだが。
このチームとは練習試合を何度もやっていた。
こちらの4番に出る生徒が、相手のエースに勝ったことは1度もない。
もう負けたと思った。
こちらの4番目に出る生徒はキャプテンでカットマン。
中学校から始めて、頑張ってきた子。
人間はしっかりしていたが・・・。
終わってみると、相手のエースに初勝利。
そのキャプテンが、全中行きを決めた。
自分の頭の中にはあり得ない展開だった。
そのキャプテンは、その後、朝日高から京都大へ進学した。
休みが全くない卓球部の生活の中、
勉強もおろそかにしていなかった。
あの勝利は、彼の’人間性’が呼び起こしたもの。
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2013年12月14日(土) |
全中を決める試合 |
<昔話70>
昔はベスト4の4校が全中に出場できた。
今は、3位までの3校が決定で、4校目は4位校とベスト8に入った学校が最終決定戦をして決める。
強いチームが全中に出場できるのだが、見ている方もやっている方も、見応えややり応えがなくなってきたと感じる。
昔のやり方だと、ベスト8に入った8チームが一斉に全中行きをかけて準々決勝を戦うため、会場内がすごく盛り上がっていた。
今のやり方では、準々決勝で勝っても決定しない。
準決勝、3位決定戦、最終決定戦とバラバラに決定していく。
転勤して2年目の中国大会決勝トーナメント、
八本松中と準決勝で当たるということは、
3位決定戦で勝たなければならない。
予選リーグで頭の中にあった悪い予感が当たってしまった。
準決勝で負けて、次の3位決定戦の相手校は予選リーグで戦った島根県の湖北中とだった。
本気で「ヤバイ」と思った。
鳥取の学校と島根の学校に勝ち1位抜け。
決勝トーナメントはくじで決まる。
予選でやった島根の学校と
3位決定戦で再び戦うことになった。
自分は「やばい」と思った。
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2013年12月13日(金) |
決勝トーナメントのくじ引き |
<昔話69>
予選リーグを抜けると、くじ引きで決勝トーナメントの組合せが決まる。
それまで、くじ引きを引く順番は関係なく先に引いても後から引いても確率は変わらないと思っていた。しかし、実際は違った。
岡山県の勝北中も1位抜けしていた。決勝トーナメントでは必ず同県は左右に振られる。
優勝候補の広島県の八本松中とは当たりたくないと思っていたが、くじ引きの順番が、勝北中→八本松中→自分の中学校だったので、計算すると2/3の確率で自分のチームは八本松中と対戦することになる。
外シードの4つを取るのに、勝北中が左側を引いたとすると、残りの3つの場所のいずれかに八本松中が入るが、2か所は右側になる。自分の中学校は勝北中と反対側になるので、必ず右側に入る。
実際に、準決勝で八本松中と当たることになった。
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2013年12月12日(木) |
中国大会予選リーグ |
<昔話68>
今回の中国大会には個人戦でも2人が出場していた。(2人とも県ベスト16(岡山開催))
団体戦では、この2人とダブルスで勝つパターンが多かった。
予選リーグ、
鳥取の東伯中と島根の湖北中との戦いだった。
東伯中にはまず勝てると思っていたが、湖北中には今まで勝ったことがなかった。
湖北中のダブルスがカットダブルスで、いつもやられていたからだ。
こちらも、ドライブ力のある2人でダブルスを組み、カット打ちの練習を十分にやっていたのだが・・・心配だった。
1試合目の湖北中との試合、練習の成果が出た。
ダブルスがガンガン打っていき、取ってくれた。
シングルも2本取っていたので、楽に勝つことができた。
しかし、自分の中に心配事があった。
ダブルスは、ガンガン振って勝つことができたが、
これがもっと勝負のかかった緊張した場面だったら、
多分・・・、振れなくなるだろう。そうなると、負ける。
決勝トーナメントでは当たりたくないなと思った。
湖北中対東伯中の試合は、湖北中が勝った。
次は、東伯中との試合だ。
自分は迷っていた。
「この試合わざと負けようか・・・」
こんなことを考えたのは初めてだ。
その時、頭の中で勝率計算をしていた。
自分のチームが2−3で負ければ、1勝1敗で3チームが並び、勝率で、自分のチームが1位、東伯中が2位となる。
決勝トーナメントのことを考えると、湖北中が落ちてくれる方がありがたい・・・。
本気で、そう思った。
しかし、生徒にわざと負けろとは言えない。
・・・どうしよう。
試合中、頭の中でずっと悩んでいた。
もちろん、表情や言葉には出さなかった。
結局、何も言えないまま試合が終わった。
・・・勝っていた。
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2013年12月11日(水) |
準備 |
<昔話67>
中国大会では、
本番で冷静に戦えるようにするために
万全の準備をしていた。
〜その1〜
予選リーグの対戦相手について、全ての組合せの確率を計算していた。
・・・あまり意味はないように思われるが、心の準備ができ、気合いも入った。
〜その2〜
全ての対戦相手の戦力分析と、予想オーダーを考えていた。
全中に出場するためには、「頑張るだけ」では駄目。
「とことん、徹底的に」やらなければいけないのだ。
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2013年12月10日(火) |
中国大会に向けて |
<昔話66>
全中に出場するためには、
県大会を1位抜けする必要がある。
中国大会の組合せは全てくじで行うのだが、
基本的には各県の1位は他県の2位とあたるようになっている。
岡山県を1位抜けするのと2位抜けするのとでは、
中国大会での予選リーグのあたりが全然違ってくるのだ。
また、予選リーグの結果は、決勝トーナメントに影響する。
だから、中国大会を抜け全中に出場するためには、
岡山県を1位で抜けることが重要なのだ。
転勤して2年目の県総体では、予定通りに、何とか優勝することができた。
また、ベスト4には、勝北、操南、西大寺が入り、
中国大会行きを決めた。(岡山県開催)
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2013年12月9日(月) |
練習試合 |
<昔話65>
とにかく練習試合をたくさんやった。
愛媛、香川、島根などへの遠征。
県内の高校にも行った。
練習試合には、その日に気をつけるポイントを決めて臨んでいた。そして、それを生徒に伝え、監督がどういう視点でアドバイスをするかを示した。
ただ、一生懸命試合をするだけでは駄目。
何のためにするのかが大事。
目指すのは、目の前の試合ではなく、もっと先の大きなもの。
「全国で勝つためには・・・」
常に頭の中で考えていた。
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2013年12月8日(日) |
次は全中で勝つ |
<昔話64>
転勤して1年目に全国選抜に出場し、
2位トーナメントで優勝した。
全国の舞台で表彰され、賞状と盾をもらった。
次の目標は・・・団体ではまだ出場したことのない夏の全中。
夏に向けて、5月の連休は部活(卓球)のゴールデンウィーク。県外の強豪チームとガンガン練習試合。(このとき淡路屋先生率いる大阪の熊取中とも何度かやっていた。)
必ず全中に出場し、全国で勝ち上がる。
自分はそう決めていた。
生徒にも、
「全中に出て当たり前。全国で勝つぞ。」
と常に伝えていた。
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2013年12月7日(土) |
手作りの数字パズル |
テレビで数字のパズルをやっていた。
それを見た息子が
「やりたい」
「作って」
「一緒に作ろう」
と言い出す。
仕方がないので、
余った木材で一緒にもの作り。
自作のパズルで一生懸命遊ぶ息子。
楽しいひとときだった。
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2013年12月6日(金) |
付せんのアドバイス |
昔の冬のこと、
のどが痛く声が出ない・・・そんな時に試合があった。
声が出ないので、アドバイスができない。
どうしようと考えた末、付せんでアドバイスをすることを思いついた。
ベンチでは何もしゃべらず(しゃべれず)、ひたすら書いた。
といっても、書くスペースが限られているので、短い言葉にする。
その付せんを、帰ってきた選手に無言で渡す。
選手は一生懸命見て、ノートに貼り付ける。
そんな付せんでのアドバイスをしたことがあった。
これがけっこう良かった。
書く方(自分)は短い言葉で的確に表そうと考えて書くし、選手にとっても、文字になっているので、何度も見ることができる。
効果抜群だった。
付せんのアドバイス・・・使えますよ。
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2013年12月5日(木) |
カットマンの練習 |
攻撃の選手が基本練習をしているとき、
カットの選手は何をするか?
攻撃の選手と同じように練習するか?
これでは、カットの練習よりも攻撃の練習の方が多くなる。
・・・顧問は悩む。
自分はこうしていた。
例えば、攻撃の選手が100往復ずつ続ける練習をしているとき、カットの選手は、全員とツッツキを100往復ずつ続ける。カットの選手が一番使う技術はツッツキだから。
そして次は、ツッツキ−カットの組合せを100往復ずつ続ける。
@カットマンがツッツキ−A相手がドライブ−Bカットマンがカット−C相手がストップ−@カットマンがツッツキ−・・・という風にやっていく。
ツッツキの次に使う技術はカット。それをツッツキからの動きも含めて練習していく。
カットの選手はもちろん、攻撃の選手もカット打ちの練習になっていた。
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2013年12月1日(日) |
肘の位置 |
チキータの練習をすると、
肘の位置を高く保って打球できるようになる。
バックドライブを打つときも
肘の位置が高い方がやりやすい。
その方が、ボールを薄くとらえやすいのだ。
チキータを練習するとそれが自然に身につく。
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